【育休日記9日目】実は新しい制度だった育児休業給付

※本記事はただの日記です。

夫婦で育休が始まって今日で10日目。妻の体調はまだ不安定ですが、育児についてはイレギュラー以外は少しずつ慣れてきた感じがあり、幸せな日々です。

そんな今日は、母が孫の顔を見にと、わたしたちが暮らす義母宅へ遊びに来ました。ちなみに義母と母は仲良しで、ふたりで一緒に旅行に行くほど。私たちが関西にいたときは、何度かふたりで遊びに来ています。(仲良くて安心する)

そんな母たちと会話で、「 昔は育児給付金なんて制度なかったものねー 」という話題があったので、ちょっと調べてみました。我が家でありがたく享受している育児給付金(これからですが)は、実は新しい制度だったのです。

始まりは平成7年

育児休業給付 – 厚生労働省

厚生労働省の資料によると、平成7年から始まった制度とのこと。平成7年といえば、わたしは7歳なので、小学生2年生くらいでしょうか。

育休という言葉に馴染みがある我々の世代にとっては、じゃあそのときどうしていたのと疑問なのですが、いわゆる夫が働き、妻が家を守るという暮らしで成り立っていたんだと思います。

なので、わたしたち(31歳、2019.8時点)が生まれる頃にはそんな制度がなかったし、発想もなかったので、母たちの世代にはなかった新しい制度なんだなと改めて感じました。

いいわねー最近の男性は手伝ってくれて

現在の30歳前後の男性において、家事をすることはそこまでハードルではないように思います。料理も洗濯も掃除もできるし、家のことも夫婦で出来るほうがやればよいという価値観です。

そんな夫婦の姿勢を、母たち目線(50代、60代)でみると、「いいわねー最近の男性は手伝ってくれて(しみじみ)」という言葉に帰結します。

確かに、父親たちは家事を基本的にはしていませんでした。うどん茹で係、お風呂掃除係、庭の芝刈り係など、一部担当している家事はありますが、家事の責任者であり、指示を出す役割は母親です。

だからこそ思います。

「そんな子を育てたのはあなたたちですよ!」と(笑)

時代とはいえ、手伝ってくれない父親たちにほとほと嫌気が差していたのでしょう。母親中心に育ったボクたちは、基本的にこう育ちました。

女の子には優しくしなさいー!大切にしなさいー!

そんな基本原則が功を奏しているのかよく分かりませんが、結果的に家事に積極的な男性が育ち、育児にも積極的な男性が育ち、社会としてもそういう流れになっているんだと思います。

では、これからの時代どうなるのか

両親たちの心の叫びが、時代に反映されていくのであれば、じゃあわたしたちの子供が成人する頃にはどんな社会になっているんだろう、なっていて欲しいだろうと想いを馳せます。

わたしたちの子供が成人する頃には、夫婦で、そして家族で大切にしている価値観が実現できるライフスタイルを送れる土壌が整っていたらいいなーと。

今でこそ整ってきた感じはしますが、まだまだ自分たちが理想とする暮らしを選べない状況にある家庭も多いと思います。

それこそ育児を夫婦でガッツリ関わりたいと望んだときに、夫婦で子供が成人するまでは働かなくても大丈夫みたいな暮らしがあり得るかもしれませんし、それが選べたら素敵だなと。

「こうなったらいいなー」がちゃんと選べる世の中になっていくことを切に願います。

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